白夜

雷鳴轟く夜。白熱灯の濁ったオレンジに照らされながら空を見上げると、雨粒が落ちてくるのがはっきりと見える。「地を探す雨の音、天に昇る雨の雫、傘を差すことも忘れて永劫を感じていました。」もう今は居ない誰かに向けて書かれた懐かしい言葉をなぞるようにして思い出す。こんな時間でも結構人が居るものだなと感心しながら、宛ても無く夜を徘徊している。夜が暗くて雨が降っていて本当に良かった。こんな酷い気分は誰にも知られたくない。誰かに会いたいと言うのは真っ赤な嘘。こうしていつまでも誰かに会いたいと願い続けたい。
家に帰ると、袖口に泥が跳ねていたので水道水でゴシゴシと洗う。初めは手に冷たく染み入る痛みに戸惑いを覚えても、次第に感覚は麻痺してきて最後には何も感じなくなってしまう。人は慣れていく生き物だから、時間の経過と共に色々なものが褪せていくのは仕方のないことなのかもしれない。付き合い初めに感じていた温もりや高揚感はいつの間にか何処かへ消え失せてしまった。
昨晩のいさかいから普段と異なる雰囲気を察したのか、はな(猫)が玄関マットの上でお座りをしながら、じっと開かないドアを睨みつけている。10分も20分もずっと。「もう誰も来ないんだよ」と頭を撫でても一向に動く気配を見せない。その頑固さはいったい誰に似たのだろうと思いながら、その姿を見ているうちに目から大粒の涙が零れ出す。一度塞(せき)を切った感情はもう自分の意志では止められない。いっそ全て出しつくしてやろうとはなを後ろから抱きしめ、声にならない感情を吐き出す。
疲れきってその場で蹲るようにして眠った後、訪れたのはいつもと変わらぬ白々しい朝。まだ、終わらない。