冷たい海

忘れようとする度に記憶の中で鮮明に蘇る、冷たい海岸線を眺めながら途方に暮れていた。音も立てずに漣が打ち寄せられては消えてゆく。何処にぶつけて良いのかわからない苛立ちが募り、憂鬱さを悟られないように勢い良く足で砂浜を蹴り飛ばした。

「生きとし生ける者の業からは逃げられない」
「逃げる必要など無いの。何もかも棄ててしまえば楽になれるのに」

定まらない生き方ばかりを選んで居場所を失い、「まるで掴めない理想を夢想する旅人のよう」と笑われたのに、まだ流木のように漂う生に甘んじている。

「幸福で満たされた生であるならば、襤褸布を纏い不幸を追い求めたい」
「それは何故なの?」
「欠けたものを埋める為に人は生きるから」
「物事は捉え方一つで幸福にも不幸にもなり得るのよ」

描いた未来に向かい踏み出すことさえ恐れる日々が続き、思想に塗れて強烈な死への傾倒を呟く。色を失った太陽に飲み込まれて、白濁とした夢を見るのは、終ることのない旅路の果て。

「死は、都合の良い想像が創り出した妄想の楽園なのだろうか?」
「思い詰めないで。この生に初めから意味などないのだから」

愛を求めることは脆弱な己を吐露するかの如くであり、全ての存在が持つ意味を変えることなど出来はしないと知りながら、時間軸を彷徨い続ける。

「愛していたのに」
「さようなら」

それは誰の温もりも必要としなくなった、冷たい生命の鼓動。