何時の日からか漠然とした恐怖が俺を覆っていた。
大切なものを失う喪失の痛みを知った日からだろうか?
安寧の心地良さを知ってしまったからだろうか?
それでも俺は恐れの向こう側にあるはずの暖かいものを欲しがった。
ギョロリとした目をぎらつかせながら誰も必要としない強がりの風体でそいつを求めていた。
俺には誰よりも人が必要だった。
でも、ただの一度だってそいつを手に入れることは適わなかった。
口ばかり達者な人々が希望をちらつかせてくる。
だが、誰一人として俺が差し出した左腕を掴もうとはせずにせせら笑うばかり。
とても好きですよ。信頼してますから。あなたが必要なの。いつか会いましょう。また明日。
全ては手の届かない幻想に過ぎない。
俺は形としての結果が欲しかったのに。
言葉だけの思いやりならば、いっそ傷つけあうだけの関係でありたかった。
次第に偏屈に塞ぎこんでいく己の心。
諦念を抱え夜を彷徨うばかりの心に容赦なく嫌悪が襲ってくる。
今の自分を他人が評価してくれないのは当たり前のこと。
俺を覆っているものを剥ぎ取っては消えていくばかり。
その中に俺自身を求めてくれた人は一人でもいたのだろうか?
奈落の果て。
どん底の今、何も身に付けていない剥き出しの俺を誰かに認めて欲しかった。
そんな中に突然訪れた一片(ひとひら)の光。
彼女がしてくれたのは至極当たり前のことだった。
俺から目を逸らすことなく正面を向いて話すこと。
互いの欠点を指摘し合い、転んだ時には手を差し伸べ合うこと。
歪んだ過去も包み隠さずに共有しあうこと。
嬉しかった、ただ嬉しいと思った。嬉しかったはずなのに何故か涙が零れた。
例え明日には失われる命だとしても、俺はこの道を選んで良かったと思うだろう。
今までの苦労が報われた瞬間。
けれども、俺がこのまま依存してしまっては彼女の真摯な想いを蔑ろにすることにも繋がりかねない。
彼女は俺を必要としたわけではなく、
彼女は誇り高き生物のまま死を選べる人であるから、俺の愚直な生き方を肯定したに過ぎない。
それに、ただべったりと寄り添うことが必ずしも互いの存在を認め合うことには繋がらないだろう。
静かに別れを告げた後、別々の方向を目指して歩みだす。
ゆっくりと、そしてしっかりと。
もう会うことは無いであろう二人。
それでもありがとうと云いたい。
あなたの手は俺が思っていた以上に小さかったけれど、とても暖かく俺を包んでくれた。
言葉は要らなかった。
手を握って欲しかったんだ。
だから嬉しかった。