斜陽

柔らかな夕陽に満たされた部屋で老婆がオレンジ色に染まりながら座っていた。
前、後。前、後。
揺り椅子のリズムにあわせて、掠れた歌声が聴こえてくる。

しゅいろに、みたされたのは、わたしのみぎて
しゅいろに、いろどられた、あなたのひだりて
ひきさかれた、きずぐちから、ながれるいろ

それは声と呼ぶにはあまりにも弱々しいものであったが、
錆びた掛時計の分針が時折思い出したように相槌を打つだけの部屋の中で思いのほか声は響いた。

はいいろに、かれたのは、わたしのみぎあし
はいいろに、ぬけおちた、あなたのひだりあし
もどることのない、うしなわれた、こころ

緩やかな時の流れに身を任せながら、なおも独白は続いてゆく。

しろ、べに、ぐんじょう、むらさき、ないいろはなに
くろ、あい、だいだい・・・、いなくなったのはだれ

老婆は何を考えているのだろう。
頬に深く刻まれた皺は過ぎ去りし年月を物語り、
右足の義足がここまでの道程が決して平坦な道のりではなかった事を示していた。

多くの人に支えられてきたはずの人生。
だが、もう老婆の傍には誰一人として残っていない。

・・・いなくなったのはだれ

それを孤独と感じるには老婆はあまりにも年老いており、
失ったものを一つ一つ数えていくよりも、手に残されたものを数えた方が早い今、
落胆と失望に何重にも上塗りされた瞳が求めるものなど、最早何一つ無かった。

もどることのない・・・
うしなわれた、こころ

それでも老婆の表情からは悔恨の念は読み取れず、
心なしか微笑んでいるようにさえ見える。

それは誰にも恥じることのない美しい終わり。
だが、何だろうこの胸に去来する悲しみは。
祝福されて生まれてくるならば、終焉は哀しみで包まれるべきなのだろうか。

「どうして唄っているのですか?」
「とても悲しいことがあったのですね。」
「何故、何も答えてくれないのですか?」
「何か言って欲しいのです。」

何をもって幸せと呼ぶべきなのか。
老婆が幸せだったと言うのならば、幸せとは伝播していくものではないのか。
それは本人の独り善がりな思い込みでしかないのだろうか。

「答えはあなたの中に」

全てが過ぎ去りし後に訪れた安息の時。
その永遠を連想させる光景の中、穏やかな陽だまりに包まれながら老婆は静かに眠っていた。