ブラックアウト

ふっふっはっ、ふっふっ・・・
いったい何処まで続くんだ、この直線は・・・先が霞んで見えるじゃないか・・・はっはぁ、落ち着け、呼吸を整えろ。焦ったって仕方がないんだ。ふっふっ、はっはっ・・・。冷静になって考えろ、次の角を曲がり終えるまでにウィルモッツを捉えてやる。奴は峠のアップダウンで相当参っているはずだ。その証拠に膝が上がっていないし、表情もかなり険しいものになってきている。そうやってポーカーフェイスを気取っても無駄だ。ふっふっ・・・はっ・・・。確かに俺も苦しい。視界の端が歪み、赤く染まってみえるのはレッドアウトの兆候。限界は近い。だが奴だってそれ以上に苦しいはず。このレースは、先に己に屈したほうの負けだ。負け、負けるわけにはいかない。俺は、負けるわけにはいかない。ハムとソーセージばっかり喰ってるような奴に負けてたまるか。くたばれ、くたばっちまえ・・・ふっふっ、はっ、ふっ・・・

・・・・・・。

自分の目で確認したわけではないが、中継者や観客の様子を見ると後続はかなり離れているようだ。つまり、こいつとのマッチレースさえ制すれば、俺の勝利は揺ぎ無いものとなる。金と銀、たかが色の違い。だが、俺は今までの人生の全てをそれに費やしてきた。食べたいものも食べず、遊びたいときに遊ばずに耐え忍んできた。歓喜と栄誉、ただそれを掴み取るために。ふっふっ、はっ・・・

・・・ぃ・・・っ。

ワーワー、ワー、バサッバサバサ、ワー
っちきしょう、叫んだって聴こえねぇっつうの。いったい何が楽しくて沿道まで出てくるんだ?どうつもこいつも同じ顔しやがって。視界の端に旗がチラついて鬱陶しいんだよっ。はっ、ふっふっ、はっ・・・。よしっ、曲がり角だ。ここだ、ここで勝負をかける。心臓が破裂したって構うものか、足を上げろ、手を大きく振れ。理屈は通じない。俺の細胞、その全てを注ぎ込んでやる。よしっ、よしっ、ウィルモッツの野郎、早くもついてこれないじゃないか。直ぐに諦めさせてやるよ。スパートだ、全てを終わらせてやる。たった一つの勝利、勝利が俺の全てを変える。

・・・おいっ、おいっ、しっかりしろ!!聴こえるか?

スタジアムに入ったとき、群集は歓喜の声で俺を迎え入れるだろう。その後に国旗を掲げてウィニングロード。インタビューに次ぐインタビュー。凱旋して落ち着いたら、雪菜を連れて海へ行ってやるんだ。約束だもんな。あいつには今まで何一つ楽しい思いをさせてやれなかった。あと少し、あと少しで全てが終わる。だから、もう少しだけTVの向こうで待っててくれ。

ダメだ・・・。救護班、早く酸素吸入器を!痙攣が始まっているから自立呼吸は無理だ。おいっ、聞こえるか?まずい、レヴェル3に入っている!

嘘のように足取りが軽い。まるで羽がついたようだ。音が消え、景色がスローモーに流れていく。ウィルモッツは何処だ?相当引き離したのか?奴の荒い息遣いも聴こえなくなった。ラップは?いや、いいか・・・ここまできたら関係ない。後に残された仕事はゴールテープを切るだけなんだから。まだ、スタジアムは見えない・・・あと少し・・・

遅いぞお前ら!痙攣は収まったが意識の混濁が激しい。そっと運べ、いいか、そっとだぞ?

ああ・・・スタジアムだ・・・挫折から這い上がって、ここまで・・・国民の期待に応え・・・栄光・・・