人生の多くは悲しみで覆われている気がする
僕はそんなに笑わないし、
あれが欲しい、これがしたいとは思わない

けれども、一度だってこれを放棄したことはない
生きる

誰かの幸せの下には、
必ず誰かの不幸せが存在し、
世界は絶望の上にこの美しさを保つ

それを踏みつけて、僕は進む

後悔をするのは、この悲しみに対して失礼だろう
振り返るのは、この身体が朽ちてからでも間に合う

記憶の欠損は、事象の放棄ではない
永劫廻る生命の中で、僕の記憶など刹那に過ぎない

それならば、悲しみは何処から生まれるのだろう
何故、僕は進むのか

答えなんて無い
だから僕は、生きているんだろう