ラルゴ -The remake of "the dog of winter"-

空風吹き荒ぶ冬の夜のこと。
ガードレール脇の芝生に痩せこけた野良犬がポツンと座っていた。
その野良犬がまだ誰かの飼い犬だったとき、家族からは親しみを込めて「ラルゴ」と呼ばれていたが、今の野良犬をそう呼ぶ人間は誰もいなかった。

車の群れが轟音を響かせながらラルゴの目の前を通り過ぎてゆく。それは何かこの世の者ではない恐ろしい怪物を連想させたが、道路に飛び出しさえしなければ怪物は危害を加えてこないことをラルゴは知っていたので、首輪に付けられた鈴がリンリンと寂しげに鳴るのを身動ぎもせずに黙って聞いていた。

不快な煙を排出していく車の群れが途切れがちになってきた頃、道路の向こう側から大勢のくたびれた背広達がやってくるのが見えた。己の足元だけを見つめながら家路を目指して黙々と行進する背広達は、きっとゼンマイ仕掛けの人形なのだろう。

うあああううあ

突然一人の背広が顔を真っ赤に染めて叫びだす。油でも切れたのだろうか・・・。赤らめ顔の叫びは次第にか細くなり、最後に蚊の鳴くようなうめき声を上げた後その場にうずくまって動かなくなった。錆びた鉄の塊。永遠に。

背広達を見てラルゴは自分に優しく接してくれたパパと呼ばれる人の顔を思い出したが、今のラルゴには温もりが失われていたので、それをどう表現すれば良いのかわからなかった。ラルゴがブルリと身震いをするとパパの顔は霞んで遠く消えていった。

それから暫くすると幾羽かのカラスがラルゴの元にやってきた。カラス達はうずくまった背広の肉を啄ばみながら世間話を繰り広げたが、それはラルゴにとってはママの話と同じぐらい興味のわかない話題だったので、月に向かって大きな欠伸をすると両手を前に突き出して楽なポーズを取ることにした。

気まぐれな一陣の風がラルゴの尻尾を揺らし芝生を揺らしていく。

ラルゴが一番楽しみにしていたのは、コウスケと呼ばれる男の子と互いの息が切れるまで走り回る「追いかけっこ」という遊びをすることだった。濃厚な草の匂いと照り付ける太陽の匂いが心地良い。ラルゴはそんな日々が延々と続いていくものだと考えていたが、ある日突然コウスケは白い車で何処かへと連れ去られていき、それっきり家に戻ってこなくなった。

パパもママもコウスケも居なくなり一人ぼっちになったラルゴは行く宛てもなく街を彷徨い、疲れ果ててこのガードレール脇の芝生の上にやってきたのだが、ラルゴに気を払うものは誰一人としておらず、やがて終末を示唆する気の遠くなるような長い長い沈黙と静寂が訪れた。

何処までも続いていく現実という非情な道。
周囲の喧騒により浮き彫りになる孤独。

ラルゴは哀しそうな瞳を湛えながら、ただじっと道路を見つめていた。